5. MY PIAZZA の歴史

  

1号機 JR120ー4040778  (1986 XS turbo)

カーステレオ盗難事件

 1994年 とある日曜日、1号機が、納車された。この日、社外品のアルミホイールをフロントに履いているのが、気に食わず、前後のホイールを入れ替えた。そして、以前に入手していたカーステレオを装着するために車内へ。しかし、純正のステーがなく、自作することになった。細かい設計図を製作するためにデッキのみ家に持ち帰る。残りはトランクの中!

 次の朝、事件は起きた。なんと、ドアが開いているのだ。自分の目を疑うものの、それは現実であった。そう昨日、置いておいた、カーステレオ一式が盗まれていたのだ。トランクに入っていたのに、、、

 泥棒は、ガラスを割らずに、キーシリンダーの周辺をたがねのような物でくりぬいた。おかげで納車された翌日、ドア交換のために板金屋へ、、、しかし、新品は10万円!13万円のクルマには、、、というわけで中古部品を探すが、あるわけもなく、解体屋めぐりをすることにした。やっとのことでドナーを見つけたが、そのドアも板金歴があるらしく使えないらしく、やむなく、キーシリンダー周辺を切りぬき板金した。

養子

 1997年 春、1号機が、2号機の身代わりとなり、いすゞ社員のもとへ養子入りした。名変された日に、調子を崩すなど、とてもかわいい奴だった。その後、いろいろ、苦労したらしいが、2001年 春 とうとう、天寿をまっとうした。私の元に返ってきたのは、鍵だけとなった。

 

2号機 JR120ー7100419  (1987 irmscher)

縁石乗り越えちゃった事件

 2000年 雨が降りしきる中の田舎道、あまりに暗く、縁石がある通りだったため、ゆっくりと(40km/h)走行していた。そして交差点に差し掛かり、直進するにもかかわらず、速度を落としたのだが、なぜか、縁石にHIT!なぜなら、直進が交差点内で右に曲がっており、そこは、コンビニの敷地であった。さすがに止まりきれるはずもなく、右タイヤ(交差点がかなり曲がっていることがわかる)で縁石を乗り越えて停止!

右前のホイルが曲がり、アライメントがずれた。どうにか帰れたものの、ショックはでかかった。

雹が屋根を突き破っちゃたのね事件

 2000年 春、朝からとても良い天気、ピアッツァにしようか?114にしようか?悩んだ挙句、外にある114で会社へ。昼過ぎに会社(つくば)ではいきなりの雷雨!しかし、家では、なんと大粒のが降っていたのだ。でも、車庫の中だし、と思っていたのもつかの間、車庫の屋根ごと落下し、クルマの屋根、ボンネットはエクボだらけに、、、、

世紀をまたぐ水漏れ事件

 20世紀末、リザーブタンクの水が1週間で空になる。と言っても、どこから漏れているかがわからない。しばらく様子を見ると、どうやら、タービン周りのホースが怪しいことが発覚!それは、なんとも手の届かないようなところにある。やむなく、先の長いラジオペンチを3本も購入!どうにか、こうにか(最後には、ホースバンドを破壊し、引き千切る)3本のホースを交換した。が、なぜか一本残っている。どこにつくかわからない。とりあえず、直ったし、ほっと胸をなでおろす。

 21世紀を迎えた2月、家に帰って車から降りると、シュー ッて音がする。パンク?と思い、タイヤを見ていると甘い香りが、、、水漏れ?どこ?よくわからないが、インマニ下らしい。こんなとこにホースがあるのか?もしや、例の余ったやつか?

 しかし、どうやっても無理そう!そうです。ヘッドをおろしました。ホース1本のために、、、2年前に面研やら、ポート研磨までしたのに、、この際だからと、ウォータポンプ、オイルシール、タイミングベルト、ファンベルト、ホース関係をリフレッシュ。部品待ちで3週間ほどかかってしまったので、約1ヶ月の休息をさせてあげました。

 これで、21世紀もがんばってくれるでしょう。

21世紀、お別れ!

 21世紀が始まって間もない2002年1月、次期候補車が見つかったため、泣く泣く手放すことにした。免許とって、ほとんど、PIAZZAしか知らない私にとって、非常にさびしいお別れとなった。もう2度と所有することはないでしょう。ほんとに、気に入っていたぞ!

でも、一生忘れないからね。

これからもがんばって生きていくんだぞ!

 

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